現代社会において、電子機器は欠くことができない存在です。電子機器は、ほぼすべての産業の基盤であり、私たちがつながり、生産性を高め、革新するのに役立っています。しかし電子機器の性能は、それに使用される材料の特性に依存しており、その為の新規材料の開発は時間がかかるプロセスです。過去の事例を見ると、新規材料の実用化に要した期間は15〜20年で、何千回もの実験を重ねる必要がありました。
パナソニック インダストリーでプリンシパルエンジニアを務める私の役割は、電子機器向けの新規材料に関する研究開発を推進することです。私は、これまで30年以上にわたり、材料科学の分野や半導体プロセス開発の分野に携わってきました。最近は、コンデンサ、回路基板、およびその他のデバイス向けの材料に焦点を当てています。パナソニック インダストリーが生産する非常に多くの電子部品は、コンピューターやスマートフォンからGPUやデータセンターに至るまで、多くの消費者向け/産業用製品が性能を発揮する上で不可欠な役割を担っています。我々の開発目標は、電子機器の機能を向上させる新規材料を生み出すことで、それら機器の速度や安定性を向上させ、エネルギー効率を高めることです。
私がパナソニックに入社した2016年当時、当社の研究開発チームは材料開発において伝統的な手法のみを用いていました。これは、実験を何度も繰り返し、サンプルの合成や試験を反復的に実行する手法であり、失敗に終わる可能性が高く、有益な成果を得るには長期的なスケジュールを必要としました。私は、当チームの業務効率性を高めるために、シュレーディンガーのコンピュテーティングプラットフォームと材料科学向けのソフトウェアを導入しました。第一原理物理計算のアプローチを採用したこのプラットフォームは、機械学習を活用した高速処理が可能で、ラボ実験において新材料を試験する前に、in silicoで分子特性を予測し、候補分子を高い精度で発見できるようになりました。このアプローチは、当チームにおける業務の進め方を一変しました。試験サイクルが大幅に短縮され、より迅速な新材料の開発が可能になったことで、莫大な時間を節約できました。
また、材料設計のプロセスを社内ですばやく繰り返すことができるようになったため、競合他社も使っているような外部の材料メーカに依存せずに、自社チーム内で新規材料を設計、開発することが可能になりました。これは、当社にとって競合他社に対する優位性をもたらすものであり、個別の用途に可能なかぎり最善の材料を用いることで、真の意味で革新的で卓越した製品を生産できるようになりました。
サービス契約の一貫として、シュレーディンガーはソフトウェアを当社に提供してくれるだけでなく、研究において真のパートナーにもなっています。シュレーディンガーは日本にも拠点を構えているため、そこで勤務する科学者やエンジニアは当チームと気軽に交流でき、じかに共同作業を進めることができます。有機半導体向け新材料の設計に焦点を当てたプロジェクトでは、シュレーディンガーと提携して、原子シミュレーションと機械学習関連の技術を組み合わせた新しいワークフローを開発しました。当チームはこのワークフローの導入により、1,400万種類以上の分子をスクリーニングし、DFT(密度汎関数理論)計算を9,000回以上実行することで、最も望ましい特性を持つ分子を予測することができました。その上で、目標のパフォーマンスプロファイルに基づき、新開発分子を成績順に上位50位までに絞り込み、実際の使用を念頭に置いた試験を行いました。
数百万種類の分子を調査し、短期間のうちに数十種類の潜在的な候補に絞り込むという作業は、従来のアプローチではまったく不可能だったものです。当チームは、シュレーディンガーが提供する先端的なシミュレーションツールや他社を圧倒する処理能力を活用することで、パナソニック インダストリーがイノベーションを実現する方法が一変し、未来の電子機器を短時間で実現できるようになりました。